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東京地方裁判所 平成3年(ワ)520号 判決 1992年1月30日

本訴原告(反訴被告)

ロバート・リトフ

右訴訟代理人弁護士

高松薫

園山俊二

本訴被告(反訴原告)

石井みどり

右訴訟代理人弁護士

山田正記

主文

一  本訴原告(反訴被告)と本訴被告(反訴原告)との間のアメリカ合衆国テキサス州ベクサー郡第二八八司法区地方裁判所第八三―CI―一四〇六一号事件につき、同裁判所が一九八九年一一月一三日言渡した判決に基づき、同判決中

「被告(石井みどり)は、原告(ロバート・リトフ)に対し、被告がナオミ・エメラルド・リトフの占有保護者としての権利を合法的に行使できる左記各期間の終了したときに、原告の住居において、ナオミ・エメラルド・リトフを引き渡せ。

1  クリスマス休暇

ナオミ・エメラルド・リトフが在籍する学校(「学校」とは、ナオミ・エメラルド・リトフが在籍する小、中学校又は高等学校をいう。ナオミ・エメラルド・リトフが小、中学校又は高等学校に在籍していない場合は、ナオミ・エメラルド・リトフが居住している地区の公立学校区をいう。以下同じ。)の各年のクリスマス休暇中連続した一〇日間。

2  春休み

ナオミ・エメラルド・リトフが在籍する学校の各年の三月又は四月の間の、学校が春休みに入る日の午後六時から、春休みが終わって学校が始まる日の前日の午後六時までの継続した期間。

3  夏期休暇

ナオミ・エメラルド・リトフが在籍する学校の各年の夏休み期間中の連続した六週間。

との部分につき、本訴原告(反訴被告)が本訴被告(反訴原告)に対して強制執行をすることを許可する。

二  本訴被告(反訴原告)の反訴を却下する。

三  訴訟費用は、本訴反訴を通じ、本訴被告(反訴原告)の負担とする。

事実及び理由

第一請求

一本訴原告(反訴被告、以下「原告」という。)の本訴請求

1  主位的請求

主文第一項と同旨

2  予備的請求

原告と本訴被告(反訴原告、以下「被告」という。)間の、アメリカ合衆国テキサス州ベクサー郡第二八八司法区地方裁判所(以下「本件外国裁判所」という。)第八三―CI―一四〇六一号事件(以下「本件外国判決事件」という。)につき、同裁判所が一九八九年一一月一三日に言い渡した判決に基づいて、強制執行することを許可する。

二被告の反訴請求

原被告間の、本件外国判決事件につき、本件外国裁判所が一九八九年一一月一三日に言い渡した判決に基づいて、強制執行することは許さない。

三被告の反訴請求に対する原告の答弁

1  主位的申立

主文第二項と同旨

2  予備的申立

被告の反訴請求を棄却する。

第二事案の概要

本訴は、アメリカ合衆国テキサス州民である原告が、わが国に居住する被告に対し、本件外国裁判所が本件外国判決事件につき一九八九年一一月一三日に言い渡した判決(以下「本件外国判決」という。)中、被告に対して子の引渡を命ずる部分について執行判決を求め、被告は、本件外国判決が民事訴訟法二〇〇条に規定する「外国裁判所の確定判決」に該当しないこと及び同条各号所定の要件とりわけ四号の要件を満たさないことを主張し、かつ仮定的に本件外国判決の基礎となった事情が変わったことを抗弁として主張する。

反訴は、右抗弁事由を独立の請求異議事由とした本件外国判決に対する請求異議の訴えである。

一経緯

1  原告と被告とは、一九八二年七月三日、テキサス州の法令に従って婚姻して同州に居住し、同年九月一六日、長女ナオミ・エメラルド・リトフ(以下「ナオミ」という。)が生まれたが、一九八四年五月一一日になされた本件外国裁判所の離婚決定により離婚した(争いがない)。

2 本件外国裁判所は、右離婚決定中において、被告をナオミの単独支配保護者(ソール・マネージング・コンサーバター、Sole Managing Con-servator、即ち保護親、カストディアル・ペアレント、custodial parent)、原告を同決定中において定める夏休み等の一定期間中だけナオミをその保護下に置くことができる一時占有保護者(ポゼッソリー・コンサーバター、Pos-sessory Conservator)と定めて、かつ本件外国裁判所の許可なくして州外へ子を移動させることを禁じた(<書証番号略>)。

3  被告は、その後本件外国裁判所の制限つきの許可を得て、一九八九年五月、ナオミを連れてテキサス州からわが国に転居した(本件外国判決書中の記載)。

4  原告は、一九八九年九月六日、被告に対し、本件外国裁判所に、ナオミの親子関係に関する訴え(右2の単独支配保護者等に関する決定及び右3の転居許可決定の修正変更等を求めることを内容とするもの)を提起し、本件外国裁判所は陪審裁判による事実審理を遂げた上で、同年一一月一三日、ナオミの単独支配保護者を被告から原告に、一時占有保護者を原告から被告にそれぞれ変更するとともに、被告に対し、同判決中に定める特定の期間を除いて、ナオミを原告に引渡すこと等を命ずる本件外国判決を言い渡した(争いがない)。

二争点

1  本訴

(一) 本件外国判決が民事訴訟法二〇〇条、民事執行法二四条三項所定の外国裁判所の確定判決といえるか。

(二) 本件外国判決について、民事訴訟法二〇〇条各号所定の要件を具備しているか。

(三) 本件外国判決言渡し後の事情変更の有無及びこれを抗弁として主張することの適否。

2  反訴

(一) 反訴として提起された本件請求異議の訴えの適否。

(二) 本件外国判決言渡し後の事情変更の有無。

第三争点に対する判断

一本訴

1  外国裁判所の確定判決といえるか

(一) 本件外国判決は、その方式及び趣旨により、アメリカ合衆国テキサス州所在の裁判所であることの明らかな本件外国裁判所において言い渡されたファイナル・ジャジメント(final judgement)と称する裁判であり、同裁判所が当事者である原告及び被告間の子ナオミの監護をめぐる民事上の争訟について、当事者双方の申立及び主張に基づき、証拠開示手続を経た上で、陪審による事実審理を経て、その評決に基づいて宣告された終局的民事裁判であることは明らかである。したがって右裁判は民事訴訟法二〇〇条及び民事執行法二四条一項三項所定の外国裁判所の判決と言える。

なお、被告は本件外国判決が、事情の変化に応じて変更可能な性質があり仮処分の性質を持つから、民事訴訟法二〇〇条及び民事執行法二四条一項三項所定の外国裁判所の判決には当たらないと主張するが、本件外国判決の記載自体から、それが原告と被告との間の親子関係について、裁判宣告時点における最終判断であることが明らかであるから、裁判宣告後の事情の変化により、後の裁判により形成的に裁判の内容が変更される可能性があるというだけでは、本件外国判決が前記の「外国裁判所の判決」にあたらないとは言えない。

(二) 本件外国裁判所書記官の認証にかかる証明書によれば、本件外国判決は、上訴されずに確定したことが認められる(<書証番号略>)。

2  民事訴訟法二〇〇条の各号要件について

(一) 民事訴訟法二〇〇条一号について

右のとおり本件外国判決は、それに先行して本件外国裁判所が既になしていた原被告間の離婚決定(テキサス州の法令に基づき結婚し離婚当時同州に居住していた原被告を離婚することの決定)中に含まれていたアメリカ合衆国テキサス州の市民であり未成年者であるナオミの単独支配保護者等の定めに関する決定等、及びその後に同じく本件外国裁判所がなしたナオミの住所変更等に関する許可決定の二つの決定の修正変更を求めて、原告が被告を相手方として提起した訴訟において、本件外国裁判所がアメリカ合衆国テキサス州法に基づき、証拠開示手続を経て陪審による事実審理を経て宣告したものである。

わが国の法令又は条約において、右の事柄に関する本件外国裁判所の裁判管轄権を否定しているものは見当たらない。また本件外国判決書の記載によれば、本件外国判決の相手方である被告は、本件外国裁判所において、弁護士を代理人として現実に応訴しているから、いずれにしても本件外国裁判所に裁判管轄権があったことは否定できない。

よって一号の要件を満たすことは明らかである。

(二) 同条二号について

右のとおり、被告は、本件外国裁判所において、弁護士を代理人として現実に応訴しているから、二号の要件を満たすことは明らかである。

(三) 同条三号について

本件外国判決は、証拠開示手続を経た上で陪審手続による事実審理を実施し、その結果出された陪審員の評決に基づき、ナオミの単独支配保護者を母親である被告から父親である原告に変更し、あらためて面接交渉権、養育料の額及び支払い方法等について定めたうえ、被告に対し、被告がその保護下に置くことができる特定の期間を除き、単独支配保護者である原告にナオミを引渡すよう命じたものである。右判決の内容及び手続きともにわが国の公序良俗に反しないことは明らかであって、三号の要件も充足している。

(四) 同条四号について

テキサス州の家族法(Family Code)第一一章第B節「未成年の子の監護に関する裁判管轄権についての統一法(ユニフォーム・チャイルド・カストディ・ジュリスディクション・アクト)」(<書証番号略>)は、基本的には、アメリカ合衆国内の各州の裁判管轄権の競合矛盾衝突等が子の監護養育に悪影響を及ぼしかねないところから、その弊害を是正することを目的としたものであって(同法第一一・五一条参照)、テキサス州の裁判所は、アメリカ合衆国内の他州の裁判所がなした子の監護等に関する決定は、その決定をした裁判所が当該決定事項について裁判管轄権を有するかぎりは、これを承認して執行すべきものと定めているが(同法第一一・六三条)、同法はさらに、これをアメリカ合衆国以外の外国の裁判所がなした子の監護に関する決定についても拡大して適用することとしている。即ち同法第一一・七三条は、他州の裁判所がなした子の監護に関する決定の承認及び執行に関する同法第B節の規定は、他国の同種の関係機関等が発した監護に関する決定の承認や執行についても、その決定手続について、関係当事者に対して合理的な通知がなされ、かつ争うための合理的な機会が与えられたかぎりは、適用されるものと定めている。そして同法が子の現実の監護(Physical Custody)に言及していることからすると(第一一・五二条(8)、第一一・五四条、第一一・五八条b、第一一・五九条a(3)、第一一・六一条a、第一一・六九条b)、子の監護に関する裁判中には、本件外国判決のように、子の現実の引き渡し等を命ずる裁判も含まれるものと推認される。とすると本件外国判決中、原告が執行判決を求めているナオミの引き渡しを求める部分と同種のわが国の裁判所が発する判決決定等も、同法第一一章第B節第一一・七三条により、テキサス州において承認されて執行し得べきものとされているのであるから、この点に関しわが国とテキサス州との間には「相互の保証」があると解される。

なお被告は、テキサス州家族法第一一章第B節により承認執行の対象とされている裁判中には、子の扶養に関する決定が含まれていないから、わが国の子の扶養に関する裁判については、相互の保証がないと指摘しているが、被告のこの主張は、同法第一一・五二条(2)の文言が、「『保護に関する決定(Custody determination)』とは、訪問権を含む子の保護(custody of child)について定める裁判所の決定命令指示をいい、チャイルド・サポート(child support)又はその他の金銭債務に関する決定を含まない。」となっていることを論拠とし、その文中の「チャイルド・サポート」を子の扶養一般と理解することを前提とするものと思われる。しかし、この「チャイルド・サポート」は前後の文脈からすれば、「養育料」の意味に解すべきことが明らかであるから、被告の主張はあたらない。

3  本件外国判決言渡し後の事情変更について

被告は、本件外国判決言渡し後に、その判決の判断の基礎となった事情が変わり、ナオミは母親である被告の監護のもとでわが国における生活に適合しており、せっかくなじんだわが国での生活を捨てて再びテキサス州での生活を強いることはナオミの健全な発達の障害となる旨述べ、このような主張は、外国判決自体についての請求異議事由に該当するが、執行判決訴訟においては抗弁としても主張しうるとする。

しかし、外国判決自体に対する請求異議事由に該当する主張が執行判決訴訟における抗弁としての適格を有するかどうかはともかくとして、本件外国判決は、ナオミの単独支配保護者を原告と定めると共に、単独支配保護者たる原告に対して、ナオミを現に監護している被告に対して、その引渡を命ずるものであるから、その後に再び裁判管轄権のある裁判所によって、単独支配保護者を変更する決定がなされたために原告がナオミの単独支配保護者ではなくなったというような事情があるのであれば格別、単に被告の主張するような事実だけでは、本件外国判決自体に対する請求異議事由には該当しないと解される。したがって、被告の主張するような事実の存否にかかわらず、被告の抗弁は理由のないことが明らかである。

4  本訴についての結論

以上によれば、原告の主位的請求は理由がある。

二反訴

1  反訴の適否

反訴は、本件外国判決についての請求異議の訴えである。

請求異議の訴えは、債務名義の存在を前提とし、その執行力の排除を目的とする訴えであるところ、民事執行法二二条六号は確定した執行判決のある外国裁判所の判決を債務名義と定めており、確定した執行判決のない外国裁判所の判決を債務名義から除外し、それ自体には執行力を認めていないことは法文上明らかである。したがって、いまだ確定した執行判決のない外国裁判所の判決に対する請求異議の訴えは、不適法な訴えというほかはない。

2  反訴についての結論

よって、本件外国判決の執行力の排除を求める本件反訴は不適法な訴えであって却下を免れない。

(裁判長裁判官髙木新二郎 裁判官佐藤陽一 裁判官釜井裕子)

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